客船のプロフェッショナルが語る、乗る人も働く人も心地よい船づくり|飛鳥Ⅱ第14代船長・田口稔氏インタビュー ~Part1~
【このパートについて】全3回にわたるインタビューの第1回となるPart1では、豪華客船「飛鳥Ⅱ」の規模やお客様の過ごし方、寄港地での自由な楽しみ方、アラスカクルーズならではの魅力、洋上の通信環境、そして食料・水の調達体制まで、船旅を支える舞台裏についてお聞きしました。(このインタビューは2026年8月に実施しました。)
◆ 「飛鳥Ⅱ」の規模とお客様の顔ぶれ
—杉原—本日はお時間をいただきありがとうございます。飛鳥クルーズの第14代船長を務められている田口さんにお話を伺います。まず客船「飛鳥Ⅱ」について規模感を教えていただけますか?
—田口—そうですね。現在は「飛鳥Ⅲ」という姉妹船もございまして、そちらが一番大きな船にはなったのですが、去年の春までは「飛鳥Ⅱ」が日本籍船の中では最大の客船でした。全長は241メートル、総トン数は50,444トンです。階数としては、お客様が入れるエリアで数えると12階建てとお伝えすることが多いですね。乗組員は490名、お客様は最大で872名までお乗せすることができます。
—杉原—お客様の人数に対して、乗組員の数が意外と多いんですね。
—田口—そうなんです。お客様1人に対して乗組員が何人当てられるかというところを大切にし、きめ細かいサービスを提供するための体制として、この人数を用意しています。
—杉原—そこも豪華客船と言われる所以なんですね。飛鳥Ⅱに乗られるお客様はどのような方が多いのでしょうか?
—田口—船の大きさは先ほど申し上げた通りですが、実施しているクルーズも非常にバリエーションに富んでいます。今日出航するクルーズは2泊3日で、お盆休みを使って気軽に行けるようなものです。一方で、今年の4月から6月にかけて実施したアラスカ・ハワイクルーズは46日間かかるものもありました。
クルーズの長さによってお客様の年齢層も変わってきます。2泊3日のような短いクルーズだと、会社のお盆休みを使われる若いご夫婦とお子様が乗られることも多いのですが、さすがに45日間となると長期のお休みを取れる方は限られてきますので、リタイアされた方が中心になります。お客様の平均年齢でいうと70歳前後で、前回のクルーズでは最高齢が90歳を超えていたと思います。それだけご健康だということですね。
世間一般では60〜65歳で定年退職というイメージがあると思いますが、長いクルーズだと平均年齢が70歳ですから、65歳ですとまだお若い年齢層になるという感覚です。
—杉原—短いツアーであれば現役で働く世代の方も楽しむことができて、そこで体験した思い出を持って、引退後にもっと長いクルーズに、という楽しみ方もあるわけですね。
◆ 寄港地の楽しみ方は十人十色
—杉原—私自身は乗船したことがないのですが、日本全国を旅していた中で、松山や長崎で――その時は初代「飛鳥」ではなく香港の船だったのですが――停泊直後にクルーズのお客様たちが一斉にグループごとにいろいろな場所へ散らばっていく光景を見たことがあります。とてもゆとりがあって、慌ただしくない印象を受けました。船でしか行けない場所へ、ぱっと散っていくという楽しみ方があるのだなと感じました。
—田口—基本的にはそうですね。寄港地のあるクルーズの場合、観光バスで遠足のように寄港地から行かれる観光スポットを巡るツアーをご用意することもありますし、ツアーには参加せず港の周辺だけを見たいという方にはシャトルバスをご用意することもあります。停泊しているのにずっと船でゆっくりされている方もいらっしゃって、皆さんそれぞれのペースでお楽しみいただいています。飛鳥Ⅱに泊まりに来たんです、という方は港から町を眺めているだけでも構いません。
私たちとしてはメインの見どころを回る寄港地観光ツアーもご用意していますが、選ぶかどうかはお客様次第です。年齢を重ねられた方になると、ツアーを予約されていても、雨が降ると転んでケガをすると大変だからとキャンセルされることもあります。それでも船でゆっくり過ごすことが、その方にとっては十分満足な過ごし方になります。
—杉原—無理に「これがおすすめです」と言われたくないお客さんもいますよね。豪華な中華料理店でチャーハンを食べたいと言われたら、それでいいんだという。
—田口—まさにそうですね。いいお店ほど、お客様の楽しみ方をすべて心地よく受け止めて提供しているものだと思います。クルーズというと、美味しい食事やダンス、映画鑑賞といったイメージを持たれる方も多いのですが、繰り返し乗ってくださる方になると、10年、20年と働き続けている乗組員に会いに来られたり、海をずっと眺めていたり、思い出のある橋の下を通りたくて乗られたりと、楽しみ方は本当に千差万別です。
すべてをこちらからおすすめすることはできませんし、お客様も望んでいらっしゃらないかもしれません。ご用意はしますが、選ぶのはお客様、というスタンスです。
◆ アラスカクルーズ――船だから行ける絶景
—杉原—ちなみに、1ヶ月以上にわたるような長いクルーズだと、飛行機や陸路ではなかなか行けないけれど、飛鳥だから行けるという場所もあるのでしょうか?
—田口—クルーズ船だからこそ行けるという点で、アラスカクルーズが人気の理由の一つになっています。アラスカは氷河が多いのですが、氷河の近くはU字谷になっていて水深が深いため、大きな船でも氷河のかなり近くまで寄ることができます。一方で車では行けない場所ですので、フィヨルドクルーズや氷河を見に行くクルーズは船ならではの体験です。
アラスカは夏場、海外のクルーズ会社の船がひっきりなしに行き来している人気の航路なんです。運がよければ氷が動く様子や、氷壁が崩れ落ちる瞬間に出会えることもあります。危ないので車でも歩いても行けない場所ですが、船なら行くことができる。これも魅力の一つです。
「飛鳥Ⅱ」や「飛鳥Ⅲ」でのクルーズは、日本人の方に合わせた住環境や食事を提供していますので、そこは日本人のための飛鳥クルーズならではのサービスになっていると思います。
大桟橋から見た飛鳥Ⅱ
◆ 洋上のWi-Fi事情――スターリンクがもたらした変化
—杉原—通信業界に関わる会社なので気になってしまうのですが、船内にはWi-Fiは通っているのでしょうか?
—田口—これは最近の話で、コロナが明けてからだと思います。イーロン・マスク氏率いるスペースXが手がけているスターリンクという低軌道衛星の通信を、本船も導入しています。
太平洋のど真ん中を走るような大型船でも導入が進んでいて、大容量の回線を購入し、お客様には時間などの制限をかけながら提供しています。使えるか使えないかで言えば、使えます。ただ、Netflixをずっと視聴できるような、陸上と同じレベルのネット環境かというと、そこまでではありません。LINEのスタンプのやり取りくらいであれば問題なくできます。
私も昔、いち航海士として世界一周クルーズに乗っていた頃はそうした通信環境が全くなかったので、感動した景色があってもお客様同士で共有するくらいでした。今は綺麗な景色をSNSなどで家族や陸上の友人とその場で共有しながらお楽しみいただけるようになっています。
—杉原—これは乗客の方からの要望が高まっていたというような背景があるのでしょうか?
—田口—高まっていたというより、導入しない手はないという流れですね。あれば便利だという流れの中で、いろいろな船が導入し始めています。回線が太くなれば、時間にゆとりのある方には船に乗りながらお仕事もして、ワーケーションをしていただきたいという思いもあります。
Netflixのように動画を長時間視聴するのは難しくても、音声中心でスライドを見せる程度のウェブ会議であれば問題ありません。実際、一昨年の世界一周クルーズの際には、日本で行われているウェブ会議の打ち合わせに参加しながらクルーズを続けていらっしゃった方もいました。
◆ 食料・水の調達と、支える裏方の仕事
—杉原—何ヶ月にも及ぶクルーズがあると伺いましたが、その間のビュッフェスタイルの食事や飲料、お水はどのように補給されるのでしょうか?海水から真水を作る装置があるのかなど、補給体制について教えていただけますか?
—田口—油や食料は使えばどんどん減っていきますので、途中で全く補充せずに1ヶ月半持たせるということはありません。燃料が足りなくなれば寄港地でバンカリングをして補充しますし、食料も同様に寄港地で追加調達します。
お水については、海水を真水に変える逆浸透膜という技術があります。海水にぎゅっと圧をかけて通すと真水が出てくるという、日本の技術です。昔は排気ガスの熱を利用してお湯を沸かし、気圧を下げて沸点を下げて蒸気にし、それを冷やして真水にするという方法もありましたが、今は逆浸透膜が主流です。港に着いた時に補充することもあります。
—杉原—港でしか水が取れないわけではないんですね。
—田口—そうですね、作りながら、入れながらという形です。基本的には1日で500トン近くの水を使います。お風呂、洗濯、食器洗いなど全部含めてですが、乗組員490人とお客様872人を合わせて1,300人ほどの消費量になります。
—杉原—食料の調達は、寄港した国ごとに現地で手に入るものということになるのでしょうか?
—田口—そうですね、そこは専門の乗組員がいまして、調理場を担当する経験のあるスタッフが、例えば今回のアラスカ・ハワイクルーズであればどこでどのような食材が調達できるかを事前に調査します。ただ季節物や生鮮食品は現地で手に入らないこともありますので、その浮き沈みはありますが、大体これくらいは調達できるだろうという入念な調査をしてから実行しています。
—杉原—それも船長の管轄になるんですか?
—田口—一応、報告は受けますが、問題なく回っていれば特に口を出すことはありません。ただ、長いクルーズになると、同じメニューは二度出さないという方針もありますので、逆算してこの寄港地ではこの食材を使おう、ここでは調達できないから献立を変えようといった調整を、調理場の担当がしっかりやってくれています。
—杉原—会社経営でも同じだと思うのですが、目立つ仕事をしている部門がすべてを回しているように見えても、裏方の仕事がなければサービスは成り立ちません。とても大事な仕事をされている方たちですね。
—田口—どこか一つでも欠けたら成り立たないですからね。
—杉原—それを全部ひっくるめて、何ヶ月もの間、大きな枠組みの中でマネジメントされているということですね。
☆インタビューアーD-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太
【郵船クルーズ株式会社】代表者:代表取締役社長 西島 裕司所在地:神奈川県横浜市西区みなとみらい2-2-1 横浜ランドマークタワー47F設 立:1989年1月コーポレートサイト:https://www.asukacruise.co.jp/
Part 2では、・飛鳥クルーズのブランド力と国内外での認知度・船長という仕事の実態、日々の業務内容・貨物船から客船船長へ至ったキャリアパス・急病人対応や台風接近時の危機管理などについて伺っています。Part2もお楽しみに!